こんにちは

終活にはまだ少し早い年代かもしれませんが、地元から遠く離れて独り住まいなので、私になにかあると一番負担をかけるのは兄夫婦。

できるだけ負担をかけたくないのと、葬儀や墓は不要派。

なので、それは昨年兄に伝えておきました。

こういうことは意思表示しておかないと、残された人がどこまで何をしていいか迷うかもしれない。

葬儀・墓不要、家にあるモノは使うなり処分するなり売るなり、好きにしてください、と言っておきました。

私は言いたいことを常にハッキリ言う性格で、思ってることをストレートに言う性分を兄は知っている。

なので、そう私が伝えたなら言葉通りに受け止め、実行してくれるはず。

こうして自分の意思を明確にしたから、自分なりの終活の半分は終わったかなと思う。

さて、残りをどうしたものか・・・・
 
IMG_0060それには死に方を考えるか、と思っていたところに、並木さんの本を見つけた。

そう、タイトルのように私は最高の死に方を望むわ。

幼少時より死に対する恐怖は、なぜかないんですよねぇ。

死ぬ瞬間に超絶痛いのは避けたいけど、死後どうなるかとか、そういうことに全く怖さはありません。

むしろ死後の世界が楽しみですらある。

現在生きているこの地球のことは、隅々まで行ってなくても、なんとなくわかる。

けど宇宙のことは全くわからないから、どんだけ広いのだろう。

どんな景色なんだろう。

どういう体験ができるのだろう。

そんなことに思いを巡らせると、早く脱・地球がしたくなる。

自殺願望ではなく、好奇心から地球だけでなく宇宙を知りたいの。

ただいくらそれを望んでも、時期が来なければ脱出できないようです。

というのも、過去にこんなことがあったから。

あれは小学生3、4年の夏休みだった。

炎天下でフラフラになりながら自転車で道路を走っていたら、いつの間にか車道の真ん中にいて、目の前にダンプカーが迫ってきたんです。

あっ、死ぬなって思った瞬間に体が浮きました。

瞬きするかしないかの間に、もう私は歩道に移動しダンプカーは大きなクラクションを響かせ去ってった。

なに今の?と後ろを走っていた友達も驚いていたし、私も何が起こったかすぐにはわからず。

あとで思い返したら、何かに助けられたんだろうとしか考えられない。

ということは、あの時はまだ死期ではなかったのでしょう。

それ以来私は、死にたくても時期が来ないと死ねないかもな、と感じました。

その後も道に迷い困った時、右!左!と脳内で大きな声がし、その通り歩くと知った道に出たり。

なにか大きな助けが自分の後ろにいるらしいのを感じます。

だから567が騒がれ始めた時も、これから食糧難が来るかしれないと囁かれても、時期が来ないと死ねないことを知っている。

逆に時期が来たら、なんでそれで亡くなるの?というようなきっかけで逝くかもしれない。

そんな風に思う。

だから自分なりの終活とは、まず死後の事務的な手続きをどうするか決めておく。

次に最高の死に方を迎えるために、できることを今やっておく。

そのやるべきことを調べるのが、これからなのです。

一般的な終活とは違うかもですが、私には事務的なことより、最高の死に方を迎えるために必要なことを片っ端からやっておく方が重要。

地球を卒業したら、次は別の星へ行きたいから。

やるべきことをここでやって、次へ行く準備をする。

いざ体を脱いだらもう後悔や未練で後ろ髪引かれることなく、さっさと次のステージへ進みたい。

いや、進むのだ。

もう争いや破壊の続く星に居続けたくないから。

そのためになにが必要か、次回からこの本での学びをご紹介しますね。



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