全捨離して開運したら人生変わった

全捨離したらどうなるのかを50代、独身、子なし、会社員がゆる~くお伝えしております。

老後を考える

こんにちは

IMG_0060並木さんのこの本のおかげで、死後の世界をどうやって進めばいいか、について疑問がだいぶ解消されま
した。

 私は死への恐怖もなければ、今生きていることへの執着もありません。

望みはただ一つ。

もう地球は卒業したい。

人が人を殺し合うような世界を見るのは、たくさんです。

だから残りの人生が終わったら、サッサと幽界に行き、殺し合いのない星への転生を目指します。 


そのために、やるべきことは今を生きること、と並木さんは言います。

自分をないがしろにすればするほど、ネガティブな死に方をすることになり、自分を大事にしていけばいくほど、死に方も良いものへとシフトしていくのです。

つまり、「今」に集中する、「自分」に集中することがとても大事です。 

たとえば、「苦しくなっちゃったらどうしよう」「この先、どうなるか、怖い」などと意識を散漫にさせるのではなく、今この瞬間にだけ集中することができると、ずっと”今この瞬間”の連続のまま、あなたは意識を失うことなく、気がついたら「あ、肉体を脱いでいる」ということになります。


これだけ連日ネガティブな報道が垂れ流されていると、この先への不安を感じないわけがありませんね。

だから私はもうとっくにテレビは処分し、ニュースは見ない。

それでも今に集中するってけっこう大変です。

何かしながらつい「あれもやっておかなくなっちゃ」と、先へ先へと思いをめぐらししてしまう。

できるだけ今に集中しようとしてますが、まだまだ道のり遠く・・・

だから567やお猿さん騒動なんて、正直どうでもいい。

症状が出たら療養すればいいのだから、出たら考えましょう。

家に引きこもっても死ぬ時は死にますから、騒動始まってからもいつも通りの生活です。

死の体験そのものに100%集中している人は、心地よさに包まれたまま、肉体からスルンと抜け出ることができます。

過去や未来に囚われることなく、他者にも囚われることなく、自分自身の”今ここ”に集中していると、次の瞬間、気づいたときにはもう肉体を脱いでいるのです。

そうすると、死というものはすごくいい体験になります。


今ここが大事とはよく聞くフレーズですが、死ぬ瞬間もそれができるとラクに逝けるんですね。

死は1回しか体験できず、予行練習もできないから、その時に落ち着いてその瞬間を味わえるかはわからない。

けど、死が近づいたらリラックスしその瞬間に集中する、と今から繰り返し頭に叩きこみます。

亡くなるときの意識が、肉体を脱いだあとにどこに渡るかということにかかわるので、「死をどんな意識で迎えるのか」は死後の生へと引き継がれます。

なるほど、瞑想はそのためにやっておいたほうがいいかもなぁ。

なにしろ1回しか経験できない初体験のその時に、落ち着いて対応できない可能性のほうが高い。

特に事故のようないきなりのタイミングの場合は。

できれば寝ながら逝きたいけれど、こればかりは選べないでしょうから、いつその時がきても今に集中できるよう日々訓練しかなさそうだわ。

私の切に願う痛みなき死は、今ここに集中することで可能とわかっただけで、だいぶ心が落ち着きました。

今ここに集中しスルンと肉体を脱いだら幽界を目指し進もう。

そしてもっとポジティブな環境でさらなる成長を遂げるのだ。

終活における目標は定まった。

あとは実行あるのみ!




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こんにちは

私はもう死んだ後、また地球に生まれ変わりたくない、と強く思っております。

でもこれまでおそらく何回も、いや何百回も生まれ変わっているのではないか。

という気がする。

経験のないことでもやってみたらすぐできることって、誰にでもなにかありませんか?

あるいは行ったことがないのに無性に懐かしいと感じる土地があったり。

そういうのって、前世で経験してきたり、住んでいた場所なのかなと思う。

であれば地球では色んなことやってきたでしょうから、もういいわ。

では今の人生を最後に、今後地球に生まれ変わらないためにどうすればいか?

IMG_0060それには並木さん曰く、輪廻ではなく、転生をすればいいそうです。

輪廻ともう一つ、「転生」と言う言葉があります。

よく「輪廻転生」と、一括りに使われてますよね。

でも本来、輪廻と転生はまったく別ものなのです。

幽界に行くと、僕たちは輪廻をすることになります。

一方、転生というのは、霊界に行くことで起きるものです。

霊界に行って、完全に癒やされ、ちゃんとリフレッシュして、明確に「ここで生まれ変わっていくんだ」と自分で自由に選んで生まれ変わることを、転生と呼びます。

仏陀が「輪廻を抜けなさい」と言ったのは、まさにこのことで、「幽界に引っ掛かってはいけませんよ」「輪廻ではなく、転生をしなさいね」という教えだったのです。

でも今は、幽界はほぼ消滅をしています。

そのため、これからは「亡くなったら幽界に行く」と決めさえすれば、まっすぐ幽界へと上がっていき、そこで完全に癒やされ、輪廻ではなく転生をすることになります。

自分の死後は幽界を目指せばいいらしいとわかっただけでも、ひと安心。

死んでみないとその後の世界がどうなっているか全くわからないけれど、知識として知った上であの世に行くのと、そうでないのでは違いが出る?

霊界の知識を知らなくても、後悔のない人生を送り、ちゃんと生き切ることができていれば、迷うことなく霊界へ行くことができます。

そして、転生という形で生まれ変わることができます。


もう既に後悔の人生なので、私は幽界へ行けるかな。。。

いや、行くのだ。

 肉体を脱いで霊界に渡るのは、だいたい49日

らしいので、死後49日くらいは肉体のない状態でこの世で生前お世話になった人たちへ挨拶回りでもするのだろうか。

まぁ一通り用事を済ませたら、サッサと霊界を目指そう。

移動手段がなにかわからんけど、念ずればひとっ飛びできるかしら。

事前にこう決めておけただけでも、私の考える終活は終わりが見えました。

次回は最後に、最高の死に方をするために日々何をすべきか、を学びましょう。


 
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こんにちは

いよいよその時を迎える瞬間は、できるだけ苦しみたくない。

というのは万人の願いでしょう。

私も気がついたらあの世だった、という死が理想です。

IMG_0060ではどうしたら楽に死ねるのでしょう。

並木さんはこう仰っておられます。

生き方は選べても死に方は選べない。

そう思い込んでいる人は多いでしょう。

しかし、決してそうではありません。

あなたが、生まれてくる前にガイドたちと決めたカリキュラムを、本当に覚悟を決めてやり遂げ、人生を楽しみ尽くしたなら、「もういつ死んでもOK」「今この瞬間、死んでもかまわない」と、何の躊躇もなく思えるようになります。

そうなったとき、あなたはあなたの人生の中で最高ランクの死に方ができるのです。


今年始めに私の父が自宅で亡くなった瞬間の様子を、母からこう聞きました。

自分のベッド脇に置く手すりの高さを、ヘルパーさんとベッドのそばで調整中、そのベッドに倒れ込み、そのまま息を引き取ったそう。

心臓やら肺やら悪いところが多々あり入院していたのに、病院嫌いの父は悪態をついて無理やり退院した直後のこと。

心不全なのか心臓麻痺なのか、ウッとうめいてベッドに倒れ込みすぐご臨終、呆気なかったそうです。

入浴中やトイレ中でもなく、ベッド脇にいるときにそのままベッドへダイブで死を迎えるなんて、いい死に方だなぁ、と思いました。

並木さんの言う通り、父に思い残すことはなく、いつ死んでもいいという心持ちだったと思う。

葬儀・墓不要、遺骨はゴミにして出せ、と兄に生前言っていた。

今年の年賀状に、高齢のため負担大きく年賀状はこれで最後にすると書いて送っていた。

今年の入院が2度目の入院で、初回は5年くらい前かな。

今年の入院時に前回の時に死んでおけばよかった、と母には言っていたらしい。

もう彼の中ではいつ死んでもOKな状態だったのでしょう。

生前は不機嫌を撒き散らし、私を含め周囲を相当嫌な気持ちにさせ負のカルマをたいそう背負っているように思いましたが、呆気ない逝き方を見ると、並木さんの言う死に方を選べるというのは本当かも。

あなたが、自分が決めてきた人生のカリキュラムを100%達成できたときに迎える死のあり方と、75%達成したとき、50%達成したときに迎える死のあり方は違ってくるということ。

「いい最期だったね」

「最期の最期まであの人らしかったね」

というような死を迎えられたとすれば、それはもう十二分にやり切ったという達成感がその人にあるからこそなのです。

その満足感が、死に方を決めていきます。


父の最期はいい最期だったと思う。

それは本人にもう後悔や未練がなく、心の準備ができていたからなのかな。

あんなに嫌な奴だったのに、それは死に際に関係ない?

というのは少し解せないけど。。。。

逆にあんな不機嫌製造マシーンのような人でもいい最期を迎えられたのだから、ましてや私はもっといい最期を迎えられるのではないか、と。

期待、、、、いや確信が持てる。

いつ逝ってもいい準備はできているし、これまで色々経験したことで、やり切った感があるから。

なので、死に方についてはそう心配しなくてもいいかな。

並木さんの仰る自分が決めてきた人生のカリキュラムが何かは、ハッキリとわからない。

けどなんとくはわかる。

もう8割がた達成している気もする。

あとは自由にのびのびと楽しんでおけばいい気がするが、これがけっこう難しい。

というのも、体調が悪いを言い訳にまともに家事をしない専業主婦の母の代わりに、幼稚園から台所に立ってきた私。

朝は自分で起き、自分でご飯を作って食べ、歯磨きし支度をするを4歳からやってきた。

学校に通い始めれば勉強もあるし、常になにかやっている状態で気が抜けなかったのです。

ぼーっと何もしないで過ごすような時間はありませんでした。

社会人になってからもそのペースで突っ走り、のんびりするということができない。

それが癖というか習慣みたいになってしまった。

スピードを落としリラックスするためか、ものすごくやりたかったわけでもないけど、今の仕事に辿り着きました。

人生の中でこっちに進め、という合図が時々守護霊さんからわかりやすく示してもらえるので、素直に従ったら楽な仕事だった。

しかもこれまでで一番、給料が良い。

そっかぁ、もっと楽していいんだぁとわかり、今はこれまでで最ものんびりできてます。

ゆるむ、のんびり、好きなことを好きなだけやる生活を送ってみたらどうなるのか、実験中。

だからもういつ逝っても、「あぁ、楽しかった」ってなんの未練もなくあの世へ行ける。

まぁでも死んで終わりだとは思わないので、そのあとどうするか。

私はもう地球への生まれ変わりは勘弁なので、別の星か、他に道があるか死後の世界で検討するつもり。

次回もこの本から死んだらどうなるを教えてもらいましょう。




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こんにちは

IMG_0060前回ご紹介したこちらの書籍から、まずは寿命とはいつか。

並木さんの説明で私は腑に落ちました。

学びが早ければ設定の中で最速で肉体を脱いだり、逆に学びが遅ければ設定の中で最遅で。

あるいは始めから長生きの人生を生ききることを目的とする場合もある、と。

寿命は神様から与えられるものと捉えられていることが多いですが、神が与えるものではありません。

寿命は、僕たちがこの世に生まれる時に自分自身で決めてくるものです。

ただ、設定される寿命は1つではありません。

寿命というのは、複数のタイミングを用意しています。

人によっては「10年、20年、30年、40年」と、3つも4つも寿命を設定して生まれてくることも。

最大で7つぐらいのタイミングを決めて、僕たちは生まれてきているのです。


前回私の子供時代、事故直前で何かに助けられたのも、

寿命がこない限り、僕たちは死ぬことはできません。

寿命がきてないときにあの手、この手で死のうと試みても、必ずそれを妨げるような、命を助けられるような経験をします。


まさに、そう。

今もこうして生きているということは、私はまだ寿命ではないってこと。

じゃあ自分が設定したなら、寿命はいつなんだ?

知りたいですよね。

知る方法は

静かに目を閉じて、瞑想するように気持ちを落ち着けたら、自分の魂に向かってこう問いかけてください。

「私の寿命を教えてください」

このときに、みぞおちに手を置きながら問いかけると、よりわかりやすいと思います。

そうすると、ポンと数字が浮かびます。


やってみたんですが、わかりませんでした。

私はもう子供の頃から脱地球がしたくてたまらず、せめて30歳まででと切に願うも30歳の誕生日を迎えた時は、軽く絶望した記憶があります。

来年で50になろうというのに、いまだ脱地球ができないことに、もはや諦めすら覚える。

寿命を迎えたくて仕方ない気持ちが強く、70とか数字が浮かび上がったらどうしよう、と寿命を知るのが怖くなってきた。

タイミングを複数設定しているなら、最速で頼む。

いや、自分でどうにかするしかないんですけど、どうしたらいいでしょう。

というのを引き続きこの本から学んでいきましょう。



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こんにちは

終活にはまだ少し早い年代かもしれませんが、地元から遠く離れて独り住まいなので、私になにかあると一番負担をかけるのは兄夫婦。

できるだけ負担をかけたくないのと、葬儀や墓は不要派。

なので、それは昨年兄に伝えておきました。

こういうことは意思表示しておかないと、残された人がどこまで何をしていいか迷うかもしれない。

葬儀・墓不要、家にあるモノは使うなり処分するなり売るなり、好きにしてください、と言っておきました。

私は言いたいことを常にハッキリ言う性格で、思ってることをストレートに言う性分を兄は知っている。

なので、そう私が伝えたなら言葉通りに受け止め、実行してくれるはず。

こうして自分の意思を明確にしたから、自分なりの終活の半分は終わったかなと思う。

さて、残りをどうしたものか・・・・
 
IMG_0060それには死に方を考えるか、と思っていたところに、並木さんの本を見つけた。

そう、タイトルのように私は最高の死に方を望むわ。

幼少時より死に対する恐怖は、なぜかないんですよねぇ。

死ぬ瞬間に超絶痛いのは避けたいけど、死後どうなるかとか、そういうことに全く怖さはありません。

むしろ死後の世界が楽しみですらある。

現在生きているこの地球のことは、隅々まで行ってなくても、なんとなくわかる。

けど宇宙のことは全くわからないから、どんだけ広いのだろう。

どんな景色なんだろう。

どういう体験ができるのだろう。

そんなことに思いを巡らせると、早く脱・地球がしたくなる。

自殺願望ではなく、好奇心から地球だけでなく宇宙を知りたいの。

ただいくらそれを望んでも、時期が来なければ脱出できないようです。

というのも、過去にこんなことがあったから。

あれは小学生3、4年の夏休みだった。

炎天下でフラフラになりながら自転車で道路を走っていたら、いつの間にか車道の真ん中にいて、目の前にダンプカーが迫ってきたんです。

あっ、死ぬなって思った瞬間に体が浮きました。

瞬きするかしないかの間に、もう私は歩道に移動しダンプカーは大きなクラクションを響かせ去ってった。

なに今の?と後ろを走っていた友達も驚いていたし、私も何が起こったかすぐにはわからず。

あとで思い返したら、何かに助けられたんだろうとしか考えられない。

ということは、あの時はまだ死期ではなかったのでしょう。

それ以来私は、死にたくても時期が来ないと死ねないかもな、と感じました。

その後も道に迷い困った時、右!左!と脳内で大きな声がし、その通り歩くと知った道に出たり。

なにか大きな助けが自分の後ろにいるらしいのを感じます。

だから567が騒がれ始めた時も、これから食糧難が来るかしれないと囁かれても、時期が来ないと死ねないことを知っている。

逆に時期が来たら、なんでそれで亡くなるの?というようなきっかけで逝くかもしれない。

そんな風に思う。

だから自分なりの終活とは、まず死後の事務的な手続きをどうするか決めておく。

次に最高の死に方を迎えるために、できることを今やっておく。

そのやるべきことを調べるのが、これからなのです。

一般的な終活とは違うかもですが、私には事務的なことより、最高の死に方を迎えるために必要なことを片っ端からやっておく方が重要。

地球を卒業したら、次は別の星へ行きたいから。

やるべきことをここでやって、次へ行く準備をする。

いざ体を脱いだらもう後悔や未練で後ろ髪引かれることなく、さっさと次のステージへ進みたい。

いや、進むのだ。

もう争いや破壊の続く星に居続けたくないから。

そのためになにが必要か、次回からこの本での学びをご紹介しますね。



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